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ちょっと期間が開いてしまった・・。
前回、投稿した頃なにやら心がすさんでいたらしく、かなり投稿が攻撃的というか、すさんでいた。
心すさむときは、暇なのだ。
と、自分で思い込むようにしている。
そのため、PGなどやってみた。
とても楽しい。
やはり、PG でかゆいところに手を届かしていくのが自分はトテモ大好きなのだと感じた。
そして、PGネタを投稿しようかと思ったのだが、どうもこのサイトへの投稿とは次元が違いすぎて、上流工程を中心に書いてしまったため、あまりに実践的というか・・。
最初は、それでも1つの開発系ブログとして完成させるならソレだろう・・と思ったのだが、どうも・・。
いまだ検討中。
さて、昨日は定例の日比谷公園に行ってきた。
いつも思うのだが、昼間の日比谷公園は、不思議とサラリーマンが多い。
解雇とかで妻にいえないサラリーマン・・・というのは、TVの見すぎかもしれない。
が、思わずにはいられないほど・・なんか不思議な風景が広がる。
初めて仕事をやめたときに一番驚いたのが平日の人の多さ。
仕事のしすぎで平日にこんなに働き世代の人たちがあふれているなんて思いもしなかった。
シフト系の仕事をしている・・・というだけではすまない気がしていた。
超氷河期が終わったくらいの年だったので、そう感じたのかもしれない。
ハローワークの人の多さにもびびったのを覚えている。
そして、今再び超氷河期を越える超超氷河期。
今年も内定切りが始まり、体力切れの企業倒産シーズンがやってきた。
引きこもり推定350万人(だっけ?)とか。
キリンとサントリー統合白紙撤回とか、グローバル日本の明日はどっちだ?って感じがする。
公園内に広がる不思議なサラリーマンの平和な光景をみていると、仕事って何?と、思わずにいられない。
日比谷公園の面白いところは、そんな時間とは無縁にかんじられる空間があること。
一歩公園を出ると、そこは東京都心のど真ん中。
刺激的な光景だ。
実は、休職して1年が経った。
ちょうど1年ほど前、この公園を同じようにおとずれたのを公園のベンチに座りながら唐突に思い出した。
あの時は、寒かったのか暖かかったのか。
とにかく夕日が出ていた。
何もしたくないというか、心がぽっきりと折れてこれからの治療について不安がいっぱいだった。
ロングコートを着て、ちゃんとジャケットを着ていた。
いまでは、ジャケットなんて羽織る気もない。
時間の経過がもたらす心の移ろい効果は、母親を亡くした時に経験してしっている。
あれほどのものですら時間が癒してくれた効果は否定できない。
休職1年が経ち、PGすらヤル気になれた。
実は、いまある程度夜の時間に寝れている。
それが心にとても大きなゆとりをくれている。
PGをやることで、不安を感じる時間を作らないというのもある。
不安がないから眠れて、眠れるから気力がありPGもできる。
とても良い循環だ。
しかし、休職中の給付金は、もう半年も出ない。
しっかりとなおせるか。
時間との戦いが始まった。
そうおもっている。
話はかわるが、キリンとサントリーの統合話が飛んだのはちょっとショックでもあり、なんだか安心した。
あぁ・・いかにもサントリーだなぁ(苦笑)と思った。
アサヒの新社長もいっていたがやはりグローバルな視点での競争力はこれからアジア諸国が台頭してくることを考えると避けられないと思う。
ただでさえ、英語という言葉の壁で彼らに水を明けられている気がするので。
でも、一方で日本は日本らしくあればよいと思っている。
加工品を作る技術に優れているのであれば加工品を作る技術を使って無形を有形にする力を育てればよい。
それまでは、先人の遺産や伝統が底支えをしてくれることだろう。
次に仕事をするならそういった新しいものを作る文化の会社に入りたいものだ。
またまた、話は変わるが先日、運用をやっている元同僚と呑んだ。
仕事を斡旋されたがいまはできないと簡単に断ってしまった。
申し訳なく思う。
脳みそがどうも反応していない。
とにかく今は治療に専念だ。
彼と呑むといつもおもうことがある。
幸せってなんだろう。
ということ。
彼は、どちらかというと私と真逆を選んでいる。
家を買い、車を買い、バイクを買い、あらゆる消費物を好んで買い、結婚をする。
仕事は定時に上がる。
開発は疲れる、だから運用でも良いと思う。
それって、すきでできるなら本当に幸せでベストな生き方じゃないかと思う。
私はお金をただ自分のためだけに使い、浪費しているに過ぎない。
投機とまではいわないが、資産を作ることに使っていないのだ。
そのうえ、開発 というあえて過酷な道を選んでいると思う。
正直運用・保守が楽しいと思えたらどれだけ良いだろうと思ったことがある。
社内SEをしていたころの一番の楽しみは人の嬉しそうな顔や感謝の言葉をダイレクトに受け取れたこと。
楽しくなかったことは、ストイックな追求ができなかったこと。
派手さのもんだいかもしれない。
開発は派手とはいえないが、爆発的に仕事をし、自分の責任をひしひしと感じながら時間を形に変える。
保守は形が時間比例ではないからやりがいを感じないのかもしれない。
保守をしていたころは、のみが多かった。
人と人。
自分の人間らしい生活におぼれていった。
ソレはソレで楽しかったし、良いと思っているし、人として幸せなことだと思う。
ただ、開発者としては死んでいた。
社内SEといっても本格的なものを作るとなればアウトソースになる。
上流や受け入れ、その後の面倒。
スクリプトをこまごま書いている程度ではイライラしてくる。
自分は開発がしたいのか?運用で満足していくのか?
個人的はどちらもできれば一番嬉しいのではないだろうか。
技術バカになる場面とトレンドバカになる場面がほしいのだ。
作ったものが時間的、金銭的効果がわかるのは運用。
作ったものの達成感が強いのは、開発。
その両方を味わいたい。
とても贅沢な悩みだ。
自分はこの先どこまでいけるのだろう。
いつまで現役なのだろう。
いつも気にしている。
40歳台の開発SEが中小企業に少ないこと。
みんなどこにいってしまったの?
コンサルですか??
保守ですか??
休職1年が経った今日この頃。
自分はいまどこにいるのだろう。
そう思う。
追記:
食事の帰り、ふと思った。
お金はいくらならまんぞくするのか。
どちらかというといくらなら満足して今の仕事をするのか。について。
定量的だが、20代の頃 自分の年の1万倍(つまり、26歳なら26万) を手取りでもらえればよいとしていた。
今では発想が違う。
20代は、年収ベースで30万倍
30代は、年収ベースで30万倍
40代は、年収ベースで30万倍
50代は、年収ベースで30万倍
を目指したほうがいいのではないだろうか。
理想は、もっと年代で10万倍ベースであげるべきかもしれない。
20代はなんとかできるかもしれない。
が、30代から急にきつくなる。
ベースでいえば、300万あげていくだけなのだが。
でも、これから先何が起こるかわからない。
不安を取り除くならこれくらいが必要だろう。
問題は年代のいつまでに達成するか。
私は30代なら35、40代なら45とおもっている。
ソレを越えて未達成なら次年代は確実にアウトだ。
その時点でポリシーを変える選択をいれたほうがいいのではないかと。
自分に活を入れる次第。
そういう風にでも考えないとポリシーにとらわれて、青い鳥を追いかけるだけになってしまう気がする。PR -
だいぶ前に書きましたが、極度の不眠症です。
そのため、仕事にならず今は休職しています。
最近は、不眠レベルもだいぶ良くなったのか、意識が低いだけなのか眠くなることがあります。
といっても、時間は生活レベルに影響のある箇所ですが。
ストレスやうつから不眠症になることもあるそうですが、私の場合は相当以前よりそのままです。
むしろ眠れない。または、入眠時刻がおかしい。ということで、仕事に支障がでてきて無神経ぶって生活することに限界まで挑戦していたので、結果、それがうつ症状に似た状況を作っていきました。
もし、似たようなことがある人はどうぞたまに読んでみてください。
不眠症ネタもちょっとずつ書いていこうと思います。
さて。
休職からあと2週間ほどで1年です。
さすがに再就職に多大な影響があることは覚悟しています。
が、一向に良くならないので後半年だけがんばってみようと思っています。
ただ、半年後には休職給付が打ち切られるので、その時点でできる仕事を探さなければいけません。
ひょっとしたら、再び無神経ぶって限界までがんばる方向で仕事をするかもしれませんが・・。
休職する判断は相当悩みましたが、不眠、体調不良、終わらない業務、低い意識の社員とのかかわりに疲れ果て、「あぁ・・・これはもう限界。やばいかも。」と、そのとき思い切って休職することにしました。
周りからすれば、逃げ。と思われようが、自分の精神状態を守ることを優先したわけです。
正確には、やる気のない社員のフォローをするために精神状態を壊す気になれなかったのですが・・・。
そんなわけで、20年近く悩まされてきた不眠症の治療を始めることにしました。
不眠症の方はご存知かもしれませんが、そうでない方のために。
また、周りに不眠症の方がいらっしゃる方のために少しで 不眠 とはどんなものなのか。
を書いておきます。
不眠症というのは、色々なパターンがあるようですが、私の場合はようするに眠るまでに時間がかかり、寝たら最後、目覚ましがなろうが何しようが起きないというものです。
また、眠る時間が異常ならば起きる時刻も異常なので、概日リズムがずれていき、朝日で体内タイマーなるものをリセットするということができないという悪循環に陥ります。
よく運動や日中疲れることすりゃ寝れる。 とか、 一日置き続けてリセットすればいい。
という人がいます。
おそらくこれは、軽度の人ならそれでもいけるのでしょう。
私の場合、1日寝ない。ことは、別段眠気を作る要因にはならないので3日くらい続けることになります。
しかし、3日目くらいに仮に眠気が来たとしてもその時間に眠ることが可能でしょうか。
仕事中であったら眠れません。
寝ないことによる悪影響は色々あります。
私の場合さすがに3日目、4日目くらいには不整脈なのか呼吸がしにくくなることがあります。
しかし、それでも周りの人は 「寝なきゃ眠くなるんだってば。」と、呆れ顔でいうわけです。
それって、本人を苦しめているとわかっていっているのでしょうか?
運のよいことに私の周りの上司や客先の上司などはそういったメンタル的なことにかなり寛大、または知識がある方ばかりだったので、そういった心無い発言を受けることはすくなかったのですが、もしこれを読んでいる方で周りにそういった朝これない人や眠れない人がいらっしゃる場合には、その手の発言は控えたほうが良いと思います。
たまに強引に運動させようとする人がいます。
3,4日寝てないのにあなたは運動させて・・殺す気ですか?
メンタル的なものを理解した助言をするというのは、エンジニア業界ではかなりあります。
私の以前いた会社では、人格崩壊やらなにやら・・もう様々な問題に陥ってしまうケースが見受けられました。
休職者が毎月出るのもすごいと思うのですが・・。
まぁ。それはさておき。
眠れない。眠れない。といってもいつかは寝ているものです。私の場合はですが。
それでも眠りに入る時間は、ベッドに入って7時間後とかだったりします。
朝7時に眠気が来ても仕事にいくためにはもう起きなくてはいけません。
体調不良や精神的、肉体的に疲労がピークのときは私はそのまま眠ることにしました。
それが無神経ぶって生活をする。といっていた部分です。
当然、仕事に影響がでます。
自分以外の人の仕事には、もっと影響が出ます。
私は13時くらいにおきて、15時くらいに出社して・・。
といった具合ですごしてきました。
いつもクビにならないのは、本当に周りの支えあってのことです。
ありがたいと思いますし、申し訳ないとも思います。
ただ、生きていくために選んだ最後の手段でもあります。
会議の時間をずらしてくれていたり、後から会議の報告会ミーティングを開く時間をくれたりしていたこともありました。
こういった支えがあってこその生活なのです。
逆にこういったことがなければ仕事も会社もとっくに変えていたでしょう。
このような支えは通常は考えにくいものです。
周りに 朝これない 人がいらっしゃる場合にほかにどういった対応をされているのか。
あまり知りませんが、やはりどなたも周りの方の多大なサポートを受けられているのだと思います。
当然、サポートを受けていることもあって、強気なことをいえなくなってきます。
自分の意見を殺してしまうこともありました。
が、私はできるだけ自分の正しいと思うことや、経験を語ることにしています。
そうすることで時間では奉仕できない部分を補完できたらと思うわけです。
もちろん、そんなのは補完にもなっていない。
と、思われる方もいるでしょう。
しかし、今はそれしかないのです。
そして、その補完することすら自分の心の負担になっていくものなのですが、ここは自分を悪と決め付けて、無神経にいくことをおススメします。
何事も死ぬよりはましだと思いませんか??
死ぬ気なら仕事をもっと自分に合ったものに変えれば済む話でしょうし、そういった生活しかできないと割り切る必要もあると思うのです。
そもそも普通に生活できないのだから・・・。
・・・やばぃ・・だいぶ話がおかしな方向に行ってしまいました。
とりあえず、不眠症からくるウツ症状は危険です。
不眠症が治らないことには常に迫ってくるわけですから。
私は結構心が折れないほうだと自分でも思っています。
それでも折れそうになることがあります。
折れそうなときは、適度なところで折れる必要があると思いますよ。
特に先の人生が長い人は。
私もそうでした。
上司に「君はまだ若いんだし先のほうがながい。直せるなら時間をそのために使ってもいいのではないか。」と、言われたのが心を押しました。
しかし、さすがに1年も経っていまだ劇的な改善がない。ということには、心折れそうになります。
さて本題です。(おそっ)
なぜ、1年も使っておきながら改善がないのか。
もちろん、眠気を感じることが一応毎日来るというのは改善でしょう。
ただ、入眠時刻の異常はさっぱりです。
医師に処方された薬も飲んでいますが、さっぱり効きません。
医師は、薬が効かないのではどうしようもない・・といっています。
が、それ以前に医師からは医療計画のようなものをいまだに明確に出されたことはありません。
睡眠障害というのは、心療内科に属することが多いようですがそれが関係しているのでしょうか。
ものすごくゆるいというか・・・アバウトというか・・。
改善のために必要なことなどを診察のつど聞くのですが、具体的には指示されません。
その上突如入院を薦めてきました。
私が、「入院してどういったことがわかるんでしょうか。」 と聞くと、医師は、「何も分かりませんし、何も変わりませんがこのまま何もしないよりはいいのではないかと・・。」 というのです。
前回指示したことや私が伝えていたことなどをさっぱり覚えていませんし、たまに初めて知ったかのような反応があります。
困ったものです・・。
それで入院しろといわれてもかなり信用ができないのですがねぇ・・。
薬もドンドン強く、また種類も増えています。
改善するからそれを指示しているのか、単なる感覚的な処方ではないのか・・とかなり疑っています。
何ヶ月か前くらいからそういった疑問が強くなり、セカンドオピニオンという方法も考えました。
が、このセカンドオピニオン。
一体誰のためにあるのだろう・・とこれまた疑問です。
知っていますか?
セカンドオピニオンは、全額自己負担です。(ま、希望診断だから当たり前ですけど。)
ので、30分の相談だけでもウン万円します。
その上、自分が今かかっている医師から医療経過や紹介状を書いてもらう必要があります。
そもそも他の医師の診断も受けたい。と言い出すのは、日本人にはかなりのハードルです。
正直、過去のほかの医療経験などから医療関係の対応にはかなり不信感があるので今の私にはこれは無理です。
特に今かかっている病院は、転院でもカルテがでてこない。という、トラブルがあったので相当不信感があります。
が、他にかかれた医師がいるわけもないのでまだその病院の指示で治療しているわけですが・・。
基本的に誰を信頼して相談しいにいくのかが分かりにくい(そもそも睡眠障害は科が少ない)ので、セカンドオピニオンしたいんじゃ!といってしまうのはかなり覚悟がいるわけですね。
ただ、セカンドオピニオンとは、医療機関や医師の不満を相談する場ではなく、やはり医師の診断や医療計画以外の見解はないのか?
ということが知りたくて、やるわけですからまずはもう一度医療計画をきちんと確認するところからやり直さなくてはいけない気がしてきました。
それでも
・薬局で処方できない薬を使う。
・治療に使うための具体的な機材の相場すら知らない
・話したことを覚えていないし、観察経過を確認すらしていない。
という点に問題を感じますが。
いずれにしても、よくある1分治療とか3分診察とかありますが、私はそれには慣れているので自分からガンガン確認しています。
これは、重要だと思います。
必要最低限のことを言う先生もいますが、聞けば返してくれるものです。
むしろ返ってこなかったら速攻でセカンドオピニオンでしょう。
問題は、セカンドオピニオンをしてまでのことなのか・・・。という疑問です。
今すぐ命にかかわるわけではありませんし、手術の方針に相談があるわけではありません。
きっかけはどこまでその医師を100%信頼してついていけるか。にかかってくるわけです。
でも、それっておかしいですよね。
医師の診察が不信なのでセカンドオピニオンを考える人もいるはずです。
診療方針の多角化だけを求めているわけではないと思うのです。
むしろ、診断結果の多角化や2重チェックは医師にとってのメリットとなることもあるわけですから、それを患者だけに負担させ、その上、医療点数加算を医師はもらえるなんてすごい制度だと思いませんか?
セカンドオピニオンの割合がどれだけあがっていってもこれは変わらないつもりでしょうか。
話はそれますがセカンドオピニオンの割合は結構上がっているようなものをWebでは見かけます。
セカンドオピニオン用の受付外来も増えてきて、確かにそうなのでしょう。
ただ、逆にいまどきセカンドオピニオン受けたいんでカルテ等々を借りることができないなんてはなからだめじゃん!と言い切れるほど患者の選択肢はあがっているのでしょうか?
例えば街の心療内科やメンタルヘルス、カウンセリングではなく、大学病院や大きな病院でしっかりとした実績のもとに診察を受けたい。と、思ってはいけませんか??
今の選択肢は狭すぎる気がします。
逆に一般的な科ならばセカンドオピニオンにおける効果はかなり高いと思います。
が、セカンドオピニオンを受けたい。
といって、カルテを渋る病院にかかっていた人はどうすればいいのでしょう。
知っていますか?
カルテを渋られると次の病院でまったく新しく撮影やらなにやら・・お金と負担がかかるのです。
知っていますか?
その負担がすでに時間的肉体的に耐えられない状態でもカルテはでてこないという病院があることを。
つい先日、病院で転院に必要な書類受け取りにかかる負担について新聞記事がでていました。
いまだに差があるそうです。
一体、セカンドオピニオンは誰のためにあるのでしょう・・。